大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

東京高等裁判所 昭和28年(ネ)1194号 判決

控訴人 松田正雄 外一名

被控訴人 田中佐吉

主文

本件控訴を棄却する。

控訴費用は控訴人らの負担とする。

事実

控訴人ら代理人は、原判決を取消す、被控訴人(被告)が訴外東京中央製材林産組合(控訴状の控訴趣旨に東京製材林産組合とあるは誤記と認められる甲第一号証引渡命令正本参照)にたいする東京地方裁判所昭和二六年(ケ)第三五二号の執行力ある不動産引渡命令正本にもとずいて、東京都港区芝新堀町四六番地にある家屋番号同町四六番の五木造亜鉛メツキ鋼板葺二階建居宅兼事務所一棟建坪十六坪二合五勺、二階十五坪の内、二階表側十畳一室および階下六畳一室にたいしてした強制執行はこれを許さない、訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする、との判決を求め、被控訴代理人は控訴棄却の判決を求めた。

事実関係について控訴代理人は、

一、控訴人松田は昭和二二年三月から、控訴人絹田は同年四月から、本件建物を居宅として家族とともに使用しているものであるが、同年一〇月訴外東京製材林産組合(以下組合という)が結成され、本件建物を事務所として使用するにいたるや、控訴人松田は理事として、絹田は事務員として同組合に勤務するにいたつたが、当時より右組合が事実上解散した昭和二四年一二月にいたるまで控訴人松田は一ケ月金三千円の給料から金五百円を、控訴人絹田は一ケ月金千五百円の給料から金五百円を、おのおの家賃として同組合に支払い賃借していたものである。

その間昭和二三年四月に東京製材林産組合連合会(以下連合会という)が結成され、訴外組合は連合会の傘下となり同連合会から多額の債務を負担し、連合会の指揮のもとに運営されるようになつた。

ついで昭和二三年一〇月控訴人松田は、組合の理事を辞任し、昭和二四年七月に本件建物は富士銀行のため抵当権が設定された、ところが右連合会は昭和二四年一一月当時の占領軍司令部の命により解散し、組合も同年一二月事業を閉鎖して事実上解散し、残務整理は連合会の整理と共同して行つた、控訴人らは連合会にたいして本件建物の賃料の支払について処置を相談したところ、連合会では整理の進行上請求するまで猶予するとのことであつた、その後昭和二六年一二月一八日本件建物は競落により被控訴人の所有となり、組合との賃貸借契約は当然被控訴人に引継がれ今日にいたつた。

二、仮に右賃借権の主張は理由がないとしても、原判決事実らんに摘示のとおり本件建物の競落に当り、被控訴人との間に競落を条件とする賃貸借契約が成立し、条件成就によつて本件建物の賃借権を取得した。

三、右いずれの点からしても控訴人らにたいする本件強制執行は不当であると述べ、

被控訴代理人は、

一、控訴人らの当審における新たな主張一は控訴人らが故意または重大な過失によつて時機におくれて提出した攻撃方法であつて、訴訟の完結を遅延させるものであるから却下を求める。

二、仮に控訴人らが訴外組合から本件建物を控訴人ら主張のごとく賃借していたとしても、同組合はすでに事実上消滅していること(法律上の解散、清算登記は未済としても)は控訴人らの認めるところであり、控訴人らは組合の消滅によりその理事または被用者としての身分を失い、これと同時に賃貸借関係も消滅したものであるから、本件建物を占有する正当権原はない。

三、控訴人松田は組合の機関たる理事であり、控訴人絹田は組合の被用者であつて、控訴人らの本件建物占有は控訴人ら独自の占有ではなく、控訴人らは組合の占有補助者にすぎない、よつて組合にたいする引渡命令は当然控訴人らに効力をおよぼすものである。

四、控訴人らは被控訴人にたいし、本件建物の一部の賃借権を主張しながら被控訴人にたいし今日まで賃料を支払はない、ことに控訴人松田は昭和二九年一二月家族とともに本件建物から退去し、同建物中には若干の荷物を残してあるばかりである、のみならず控訴人らは被控訴人にたいし移転料を請求した事実があり、かような控訴人らの所為は信義則に反し、権利の乱用であるから本件異議請求は許さるべきではないと述べた。

〈立証省略〉

以上のほか、当事者双方の事実上の主張、証拠の提出、援用認否は原判決事実らんに記載のとおりであるからここにこれを引用する。

理由

控訴人両名が、おのおの、その主張のとおり本件建物の一部を占拠していること、被控訴人が、東京地方裁判所昭和二十六年(ケ)第三五二号不動産競売事件昭和二十七年四月十一日付で東京地方裁判所が発したところの、執行吏は、本件建物についての債務者東京中央製材林産組合の占有を解いてこれを競落人たる被控訴人え引渡すべき旨の不動産引渡命令にもとずき、昭和二十七年七月二十五日前記各占拠部分明渡請求の強制執行にとりかかつたことは、当事者間に争がない。

控訴人らは、本件建物について賃借権を有し、これにもとずいて占有するのであると主張するから順次判断する。

まず、控訴人らは、前記東京中央製材林産組合から賃借して占有してきたもので、競落人として所有権を取得した被控訴人に対抗し得ると主張する。(事実らん控訴人の主張一)。しかし、原審および当審における各控訴人本人尋問において、控訴人らはいずれも本件建物の前所有者からこれを賃借していた旨を述べているが、その賃料に関する点の供述はいずれも原審におけるものと当審におけるものとはなはだしいくいちがいがあるばかりでなく、その他の点もはなはだ明確を欠き、とうてい信用しがたく、他に控訴人の右主張のような賃貸借の存在を認める資料は全く存しない。そして原審における控訴人ら各本人の供述の一部によれば、控訴人松田正雄は訴外組合の理事長として組合の代表者であり、控訴人絹田幸三は同組合の被用者であることが明らかであるから、特別の事情の認められない本件においては、控訴人らの本件建物占拠はいずれも右訴外組合の占有のうちに包含されるもので、組合の占有機関もしくは占有補助者としての占有ともいうことができるものであつて、組合と別個独立の占有ではないことが認められる。そして訴外組合がすでに事実上解散したとほとんど同様な状態であることは当事者間に争ないところであるが、このことはなんら控訴人らが同組合の占有機関もしくは占有補助者であるにすぎないとのことを左右するものではない。

また控訴人は本件建物競落前被控訴人との間にむすんだ条件付賃借契約の条件成就により、賃借権を有するにいたつたので、これによつて占有すると主張するけれども(原判決事実らん記載およびこの判決事実らん控訴人主張二)、当審における控訴人両名の各本人の供述中この点に関する部分は信用しがたく、その他右主張の賃貸借の成立を認めるにたりる証拠はない。

以上のように、控訴人は本件建物について独立の占有を有することなく、控訴人らが本件建物の一部分を占拠する事実は、東京中央製材林産組合の占有の内容として存するひとつの事実状態にすぎず、控訴人らの占拠はすなわち右組合の占有のあらわれであるとみるべきものである。したがつて、控訴人らの占拠を排除するのでなければ、組合の占有を解くことはできないのであるから、右組合の占有を解くことを内容とする前記引渡命令の執行として、本件建物についての控訴人らの占拠の排除すなわち明渡請求の強制執行をすることは正当であるといわなければならない。控訴人らは民事訴訟法第五四九条により異議を主張し得べきものではない。

以上の次第で、被控訴人主張の信義則違反権利乱用の点について判断するまでもなく、控訴人の本件請求は理由がないとして棄却すべきこと明かである。

よつて原判決は正当であるから本件控訴を棄却し、民事訴訟法第八九条第九五条により主文のとおり判決する。

(裁判官 藤江忠二郎 原宸 浅沼武)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例